Saturday, October 13, 2007

ラインヒルト・ホフマン

中村屋で久し振りに会ったケイは、相変わらず元気な様子だった。「ラインヒルトから手紙がありましたよ」と言うと、「どんなこと書いてありました?」と問うてくる。
1998 年にケイの仲介で、ラインヒルトと仕事をしたとき、最初ワグナーの『リング』のブリュンヒルデをダンスでやろうとしていた。ラインヒルトは『リング』関係の重い本をぎっしりとトランクに詰め込んで羽田に到着した。さて、制作に掛かった段階で、ラインヒルトは悩み出したようだ。「じつは自分はワグナーをそんなに研究していない。無理だと思う」とラインヒルトは下を向いて静かに言った。私は黙っていた。「“シミュラーク”ならどうですか?」とラインヒルとは言った。二人は“シミュラーク”についても話し合っていたのだ。そしてシアターXでの公演は『リング』から『シミュラークル』に代わったのだ。

受け取ったラインヒルトからの手紙は、次のようなことを記してあった。
「私はあれから貴方のことを時々思い出しています。貴方のスタジオでいっしょに仕事をしたときのことを。貴方は熱心にブリュンヒルデの最後の場面を仏教と関連づけて哲学的な考えを述べてくれました。最近、私はオペラ『トリスタンとイゾルデ』を演出しました。その時からワグナーの本を読んでいます。ショーペンハウエルの哲学と関係づけて。ということは仏教と関係づけてなのですが。
じっさい、ショーペンハウエルの哲学はワグナーに影響を与えていたのです。そしてイゾルデとブリュンヒルデの最後の場面は超越的な涅槃の域に達していたのです。
そのように、あの時あなたは私の仕事に対して言いつづけていたのでした。今になって貴方の意図が理解できます。さらに『シミュラークル』においても。 ー これが私の言いたいことです。」
オペラ歌手にワグナー歌手がいるように、ラインヒルトはワグナー作品にイメージピッタリのダンサーである。彼女がワグナーの『トリスタンとイゾルデ』を演出したという知らせは、本当にうれしい。
ケイがラインヒルトを私に紹介し、ラインヒルトが私にスザンヌ・リンケを紹介してくれた。リンケについても、あのパリ私立劇場での晴れ姿が目に浮かぶ。
ケイに訊いたらば、二人とも体調を崩してもう舞台には出ていないという。寂しいことだ。

No comments: